事務所が取り組んでいる集団事件にご協力ください
私は国民救援会の福岡県本部会長をしております。救援会は、簡単に言うと、様々なところで、いわゆる「闘い」を行っている人たちを応援する団体です。
支援をして、世論に訴えをすれば、解決に寄与することができます。さらに、私は、当事者を励ますことができるということが大きいと思っています。
闘っている人たちの心境を想像してみてください。相手にしている国や、大企業は強大です。また、例えば、えん罪をはじめ闘っている分野によっては、自分たちが悪いのだという逆宣伝なども相手にしなければなりません。裁判を起こしても時間がかかります。実情を無視した相手の心ない主張に動揺し、不安を募らせます。その苦労はたいへんなものでしょう。心細い思いをしているはずです。
私は、ずっとじん肺、アスベストの闘いに参加してきました。じん肺、アスベストは、今でこそ一定の解決を見通すことができる事件です。しかし、30年ほど前、最初に立ち上がった北松の人たちや、初めて国を相手にした筑豊の人たちは、そうではありませんでした。
だれもじん肺のことを知らない、裁判も一進一退でいつ終わるともわからない、そういう状況でした。弁護士に田畑をとられるよとか、裁判なんかすると労災補償が打ち切られるよとか、でたらめな宣伝もされました。原告は、それまでは近くの町にも、年に1回出ることがあるかどうかという人たちです。東京へオルグに連れて行くと、なかには、なまりがひどくて言葉が通じない人もいました。訴え方にちょっと注意がはいると、泣き出してしまう人もいました。
それでも、少しずつ支援が広がると自信がついてきます。集会に来てくれるだけで、集会での訴えに少しうなずいてくれるだけで、署名をしてくれるだけで、カンパをもらうだけで、自分たちの訴えを理解してくれる人がいると実感できるのです。じん肺の原告たちは、競い合うように「この間、話に行ったところの人が、集会に来てくれていた」「私はカンパをいくらいくらもらった」「署名が思いのほか集まった」と、うれしそうに語り合っていました。不安な中、切実な訴えを理解してもらえるといううれしさは、それはたいへん大きなものなのです。
そうやって、自分たちは正しいことをしているという確信が強まりました。応援してくれている人たちの前で情けないことはできないという緊張も生まれました。それが、時効で変な判決がでても、一審で国に敗訴しても、闘いを続ける原動力になり、大きな成果をあげることにつながったのだと思っています。
私たちの事務所は様々な集団事件に取り組んでいます。署名など、支援を求める訴えをさせていただくこともあります。可能な限りのご支援をお願いいたします。さらに関心をお持ちの方は、救援会に加入いただきたいと思っています。