毛利倫 弁護士記事

2023年5月1日(月)

日本最初の西洋美術館

1 はじめに

 私が前職を辞めて弁護士登録をしたのは2006年ですが,弁護士になってすぐ集団訴訟の弁護団に入った事件の一つに薬害C型肝炎訴訟があります。
 薬害肝炎訴訟は,その2年後の2008年,当時の福田康夫首相の政治決断により国との基本合意が成立し薬害肝炎救済法が制定されました。
 現在も個別救済の訴訟はもちろん続いていますし,薬害の再発防止や恒久対策などの課題に原告弁護団で取り組んでおり,年に1度,原告団の結束を図るための総会も開いています。
 新型コロナウイルスの感染拡大で,この数年総会が開催できませんでしたが,今年4月下旬,4年ぶりに原告団総会が岡山県岡山市で開催され,私も開催事務の主担当として参加してきました。

 薬害肝炎訴訟の活動については,また機会を改めて報告させていただくとして,今回は,その総会の翌日に原告弁護団有志で訪れた岡山県倉敷市にある大原美術館のことを書かせて下さい(薬害肝炎の話をするんじゃないんかい!前置き長すぎやろっ!)。

2 日本初の西洋美術館は一地方にこうして誕生した

 大原美術館は,倉敷紡績などの企業経営で知られる事業家大原孫三郎(1880~1943)が1930(昭和5)年に設立した日本最初の西洋美術中心の美術館です。
 孫三郎は,その父であり倉敷紡績の創立者である大原孝四郎とともに企業経営で得た莫大な利益を,病院建設や社会問題労働問題の研究所の設立につぎ込むなど公益性の高い事業にも熱心に取り組みました。

 大原美術館誕生に不可欠だったもう一人のキーマンは,地元出身の洋画家児島虎次郎(1881~1929)です。
 孫三郎と1歳違いの虎次郎は,現在の東京芸術大学に入学,大原家から奨学金を受けて西洋絵画を勉強,卒業後国内の博覧会で一等賞を受賞し,1908(明治41)年から1912年にかけて孫三郎の経済的支援を受けてヨーロッパへ留学します。
 ヨーロッパで当時の最先端の西洋絵画に間近で触れた虎次郎は,帰国するにあたり,当時のパリで活躍していた画家エドモン=フランソワ・アマン=ジャンの「髪」という絵画をどうしても日本に持ち帰りたいと考えました。
 そこで,虎次郎は,「自分のためではなく,日本の芸術界のためにぜひともこの絵が必要だ」と訴える手紙を書いて孫三郎を説得し,アマン=ジャン本人から直接「髪」を購入して日本に持ち帰ることに成功しました。
 このアマン=ジャンの「髪」が,今や日本のみならず東洋世界のなかで最もすぐれたヨーロッパ絵画の収集として知られる大原コレクションの記念すべき第一号となりました。

 最初の留学から帰国した虎次郎は,自らの画業の研鑽に励みながら,西洋のすぐれた美術作品の収集と公開を孫三郎に提言し,それに応じた孫三郎の支援で,虎次郎はさらに1919年から1923年の間に2度ヨーロッパに渡りました。
 すぐれた作品を収集するためには,画家本人のもとに自ら直接出向いて交渉することも多く,虎次郎は,当時ヨーロッパで活躍していた画家のすぐれた作品を次々に収集していきました。
 大原美術館所蔵品の中核をなす作品は,虎次郎によりこの時期に収集されたものです。

 クロード・モネの「睡蓮」は,モネが多数描いた「睡蓮」のうち,自宅の一番いい場所に飾っていたお気に入りのものを虎次郎がモネ本人から購入したものです。

 アンリ・マティス「マティス嬢の肖像」は,マティスが自分の娘を描いた作品です。虎次郎が訪ねた時にはマティスの絵はほとんどが売れてしまっていましたが,虎次郎は,マティスの娘が気に入って自分の部屋に飾っていた売り物ではない作品をどうしても譲って欲しいと頼み込み譲ってもらったものだそうです。

 この他,画家本人は亡くなった後ではありますが,日本にこの名画があるのは奇跡ともいわれるエル・グレコの「受胎告知」,ポール・ゴーギャンの「かぐわしき大地」などの名品も当時の虎次郎の収集品です。

 帰国した虎次郎は,自ら収集した作品の本格的な公開を目指しつつ,明治神宮の壁画の作成などに精力的に取り組みましたが,過労により,1929(昭和4)年,47歳の若さでこの世を去りました。

 虎次郎の死を悼んだ孫三郎は,虎次郎が収集した数々の名作を広く一般に公開するため,その死の翌年,大原美術館を設立しました。かくして日本最初の本格的な西洋美術館が一地方の岡山県倉敷市に誕生したのです。

 著名な画家の作品を,その画家の名声が確立してから莫大な金額で購入するのではなく,いまだ評価が定まらないその画家が生きていた同時代に,自らの審美眼だけを頼りに,その画家本人から直接譲り受ける,そしていまだ美術館というものの存在がほとんど認知されていない時代に,国や都道府県にも先んじてその収集作品を広く一般に公開し,それが屈指のコレクションとして評価されるというのは,いやはや何ともロマンやドラマが感じられますし,虎次郎や孫三郎の先見性には驚かされます。

 こうした素敵な美術館の誕生秘話は,大原美術館の学芸統括の柳沢さんから鑑賞前にレクチャーしてもらいました。
 その後,実際の素晴らしい作品を観た感動は言うまでもありません。

 大原美術館には,虎次郎が描いた「和服を着たベルギーの少女」や「眠れる幼きモデル」「朝顔」などのすぐれた虎次郎コレクションも多数展示されています。

 いつまでも心に残る忘れられない美術鑑賞になりました。

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毛利倫 弁護士

弁護士登録:2006年

弱者救済に取り組む弁護士を目指し、マスコミから転身しました。ともに頑張りましょう!