遺言書は作成した方がいいが,でも内容にはご注意を!
遺産相続に関して,生前に遺言書はぜひ作成しておくべきだという話を聞いたことがある方は多いと思います。
少子高齢化が進む中,最近は,遺言書作成のメリットを特集した雑誌やインターネットの記事もよく目にします。
確かに遺言書を作成することはとても重要なことですが,遺言書の内容によっては,それが原因で相続の争いを生み出すこともよくあります。
そこで,今回は,遺言書を必ず作成しておくべきケースと,作成するにあたって注意すべき点を,私が実際に弁護士として経験した事案に基づいてご説明いたします。
1 遺言書を必ず作成しておくべき事案
(1)子どもがいない場合
日本の民法の規定では,配偶者は常に相続人となりますが,配偶者とともに相続人となる人は,次の順位に従って上位の者だけが相続人となり,下位の者は相続人にはなれません。
第1順位は子ども(子どもが先に亡くなっていれば孫が代わりに相続),第2順位は,子どもや孫がいない場合の父母(父母がともに亡くなっていれば祖父母),第3順位は,父母や祖父母もいない場合の兄弟姉妹(兄弟姉妹が先に亡くなっていれば甥や姪が代わりに相続)です。
これを法定相続といい,子どもや孫がいない夫婦の場合は,配偶者とともに父母または祖父母,あるいは兄弟姉妹が相続人になり,さらに,配偶者も子どもや孫もいない単身者は,父母または祖父母,あるいは兄弟姉妹だけが相続人となります(もっとも,父母や祖父母は先に亡くなっていることがほとんどであるため,実際は兄弟姉妹や甥・姪が相続人となる場合が通常です)。
そうすると,子どもがいない夫婦のどちらかが,もし遺言書を作成しないまま亡くなった場合には,残された配偶者には法定相続が適用され,全部の遺産を相続できない事態になります。
しかし,子どもがいない夫婦としては,一人残された配偶者に全ての財産を残してあげたいと思う場合がほとんどではないでしょうか。
私は,このようなケースで,配偶者の依頼を受けて,相続人になった兄弟姉妹や甥や姪に対し,残された配偶者の心情や経済状況,亡くなった方との関係性の濃淡,相続対象となる遺産は夫婦の実質的な共有財産と評価できることなどを丁寧に説明した上で,配偶者が全部の相続財産を単独取得することに合意する文書(遺産分割協議書)に署名押印してもらえないかとお願いする事案を何件もやりました。
幸い,ほとんどの事案では,他の相続人全員の理解と協力を得られて,結果的に配偶者が全ての財産を単独取得することができました。
また,子どもも配偶者もいないため兄弟のみが相続人となる事案で,亡くなった方と特に親しかった兄弟の依頼を受けて,亡くなった方との交流がほとんどなかった甥や姪に対し,同様の交渉をしたことも何件かありますが,この場合も,多くの事案で,他の相続人全員の理解と協力が得られて,結果的にその兄弟が全ての財産を単独取得することができました。
しかし,中には,一部の相続人が自己の法律上の相続権をどうしても譲らず,泣く泣く財産の一部を譲らざるを得ないケースも経験しました。
遺言書を作成していなかったことが本当に悔やまれてならないケースです。
(2)相続人以外の者に財産を譲りたい場合
仮に遺言書を作成しなかったとしても,配偶者や子どもらの法定相続人しかいない事案では,法律上当然に相続権があるため,実際にはあまり相続でもめることは多くありません。
ところが,法律上相続権のない者に財産を譲りたいと思った場合には,その者に財産を譲るという遺言書を作成しなければ,財産を譲ることができなくなります。
具体的には,法律婚ではない内縁の配偶者,婚約者,法定相続人ではない親族(おじやおば,いとこ,上位の相続人がいるため相続権がない下位の者),知人や友人,法人や団体などは,遺言書で遺産を譲るという遺贈をしなければ,遺産を譲り受けることができません。
こうしたケースでは,遺言書の作成は絶対的に必要です。
私が相談を受けた中には,内縁のため相続権がなく,子どももおらず,しかも法定相続人である兄弟姉妹と内縁配偶者との仲がとても悪かったため,遺産を取得することができないケースもありました。
遺言書で,内縁の配偶者に財産を遺贈すると一言書き残してくれてさえいれば,何の問題も起きなかったケースであっただけに,遺言書作成の重要性を痛感させられる事案でした。
(3)相続人の相続割合に差をつけたい場合
遺言書を作成する理由としては,実際にはこれが一番多いものと思います。
例えば,法定相続人として子どもが3人いるが,子どものうち一番親身になって世話をしてくれた三男にたくさん遺産を譲り,疎遠である長男と二男にはあまり譲りたくないという場合,遺言書を作成しなければ,それぞれ3分の1ずつの法定相続分となります。
もっとも,遺言書により,①三男に3分の2,長男と二男に6分の1ずつという相続分の指定をすることができますし,②三男に全財産を相続させるという遺言も可能です。
こうしたケースでは,遺言書があると,遺言書を前提に遺産分割ができるので,時間のかかる遺産分割協議をする必要がなく,遺言者の意思をスムーズに実現できます。
もっとも,②のケースは要注意です。
何が問題かというと,三男に全財産を相続させる結果,長男と二男の遺留分が侵害されているからです。
次項で詳しく説明します。
2 遺言書の内容により争いが生じる事案
遺言書の内容によってかえって争いが生じる典型的な場合が,法定相続人の遺留分が侵害されているケースです。
遺留分とは,兄弟姉妹以外の法定相続人に法律上取得することが保障されている最低限の取り分のことで,父母や祖父母のみが相続人である場合には本来の法定相続分の3分の1ですが,それ以外の全ての場合は,本来の法定相続分の2分の1です。
先の②のケースだと,長男と二男には,それぞれ本来の法定相続分である3分の1の2分の1である6分の1の遺留分があるはずなのに,三男に全財産を相続させるとすると,その遺留分さえもらえないことになります。
そこで,遺留分を侵害された長男と二男は,遺留分を侵害した三男に対し,遺留分侵害額請求という手続をとることができます。
この手続は,話し合いで解決できなかった場合,家庭裁判所に調停を申立て,調停でも解決できない場合には,地方裁判所に訴訟を起こすことになります。
遺留分侵害の調停や訴訟は実際に相当な件数が起こされていますが,それは遺留分を侵害する内容の遺言書が相当数作成されていることの裏返しでもあります。
私も遺留分に関する調停や訴訟はこれまで多数依頼を受けたことがありますが,ほとんどのケースは,親子間や兄弟間での争いです。
私が担当した中で一番長くかかった遺留分の事案は,調停から訴訟で和解が成立するまで足かけ5年を費やしました。
この事案では,遺言書に付言として「残された者はみな仲良くやってください」ということが書かれていたのですが,遺留分を侵害する内容の遺言書を作成するということは,遺言者自らが,残された相続人が「仲良く」できなくなる相続の争いを生み出す原因を作り出すことにもなりかねません。
そこで,私は,遺言書作成の依頼を受ける際には,仮に相続人の相続割合に差をつけたい場合であっても,法定相続人の遺留分を侵害しない形での遺言内容にすることを強くすすめています。
そうすることで,死後の相続紛争を未然に封じることができるからです。
逆に言えば,どの法定相続人も遺留分相当額を下回っていない相続分が指定された遺言書であれば,遺産相続の争いが起きようがなくなるわけです。
相続が「争族」にならないよう,遺言書作成を思い立ったらまずは当事務所に気軽にご相談ください。