賃貸借契約の終了と賃貸物件の明渡し
1 賃貸借契約とは
アパートやマンション,戸建住宅などの建物を借りる場合,通常,賃貸借契約という契約をします。通常というのは,無料(無償)で借りる契約として使用貸借契約という契約形態もあるからです。
賃貸借契約とは,アパートやマンション,戸建住宅などの建物(以下「賃貸物件」といいます。)を使用するかわりに,借主は貸主に対して賃料を支払い,契約が終了した時には,貸主に賃貸物件を返還することを約束するという契約です。
賃貸借契約が終了した時に借主が貸主に賃貸物件を返還することを建物の明渡しといいます(なお,賃貸物件を明け渡す際の「原状回復」の問題については,拙稿の2022年10月3日付け弁護士記事「賃貸住宅の原状回復とは」https://www.f-daiichi.jp/blog/tomo_mouri/4830/をご覧下さい。
2 賃貸借契約はいつ終了するのか
では,賃貸借契約が終了する時とはいつでしょうか。
まず,定期賃貸借契約といって,契約で定めた期間が満了することにより,契約の更新が認められず,確定的に賃貸借契約が終了する契約の場合,契約で定めた期間が満了した時点が賃貸借契約の終了時となります。
これに対して,通常の一般的な賃貸借契約の場合,契約で定めた期間が満了しても,特別な事情がない限り,契約の更新が認められます。例えば,居住用の賃貸物件の場合,契約期間を2年間とし,2年が経過するごとに更新を行うというのが一般的な契約です。
そうすると,一般的な賃貸借契約の場合,借主側が,自ら賃貸借契約を解約して退去したいと思わない限り,貸主側からは,賃貸借契約を終了することができないのでしょうか。
賃貸借契約は,信頼関係に基づく継続的契約であり,賃貸物件は住居であれば借主の生活の基盤であり,また店舗や事務所であれば借主の生業(なりわい)の基盤であることから,貸主側の一方的な事情だけで賃貸借契約を終了させることはできません。
一方で,借主が賃料を滞納するなど信頼関係が失われたような場合にまで賃貸借契約を継続させることは,貸主側にあまりにも酷なことになりますし,貸主側に,どうしても契約を終了させる必要性が相当に高い場合であっても,契約更新を拒絶できないというのも不公平な場合があります。
そこで,どういった場合に賃貸借契約が終了し,賃貸物件の明渡しをしなければならなくなるのかが問題となります。
3 借主に契約違反があるときに賃貸借契約を終了させ明渡しを求めたい場合
借主が賃貸借契約に違反した場合,典型的な例としては,借主の賃貸借契約上の最も重要な義務である賃料を滞納した場合,あるいは,借主が定められた用法を守らない場合(ペット禁止物件でペットを飼う,無断で増改築する,契約時に予定していない同居人を無断で住まわせるなど),さらには,借主が無断で他人に賃貸物件を又貸しした場合などが挙げられます。
借主が賃貸借契約に違反した場合,貸主は,借主の債務不履行に基づき賃貸借契約を解除することで,賃貸借契約を終了させ,賃貸物件の明渡しを求めることができます。
もっとも,賃貸借契約は,信頼関係を基礎とする継続的契約であり,借主にとっては生活や生業の基盤であることから,軽微な違反でもすぐに契約を解除されたのではたまりません。
そこで,実務上は,借主の契約違反があったとしても,貸主と借主の信頼関係が破壊されたと認められない場合には契約解除をすることはできないと扱われています。これを「信頼関係破壊の法理」といいます。
賃料の滞納であれば,1~2か月では信頼関係を破壊したとはいえないとされることが多く,滞納が3か月を超えると信頼関係が破壊されたとして契約解除が認められやすくなる傾向がありますが,一概にはいえず,個別具体的な事案ごとに賃料を滞納するに至った経緯や交渉状況なども考慮して判断されます。
そして,信頼関係を破壊したと認められれば,契約解除により賃貸借契約は終了し,借主は賃貸物件を明渡すことになります。
4 借主に契約違反がないが,貸主側の事情で賃貸借契約を終了させ明渡しを求めたい場合
借主に契約違反はないものの,貸主側に契約を終了させたい事情がある場合,貸主としては,契約期間満了日の1年前から6か月前までの間に,更新拒絶の通知を借主に出すことで,契約期間満了日に賃貸借契約を終了させることができます。この場合でも契約期間満了後に借主が建物の使用を継続しているときには,貸主は,遅滞なく異議を述べることも必要です。
貸主が契約期間満了日の6か月前までに更新拒絶の通知をせず,または更新拒絶の通知はしたけど遅滞なく異議を述べなかったときは,賃貸借契約は同一の条件で更新したものとみなされ,その後は,契約期間の定めのない賃貸借契約として契約が存続することになります。
では,貸主が契約期間満了日の6か月前までに更新拒絶の通知を出しさえすれば,賃貸借契約を終了させることができるかというと,そうではありません。
借地借家法という法律によって,更新拒絶の通知には,「正当事由」が必要とされていて,この正当事由があると認められなければ,貸主が更新拒絶の通知を出したとしても,賃貸借契約を終了させることはできません。
正当事由とは,借地借家法に考慮すべき要素が挙げられていて,①建物の貸主と借主がそれぞれ当該建物の使用を必要とする事情,②建物の賃貸借に関する従前の経過,③建物の利用状況,④建物の現況,⑤貸主が建物の明渡しの条件として借主に立退料の支払いを申し出た場合にはその申出を考慮して判断するとされています。
このうち①貸主及び借主が建物の使用を必要とする事情が中心的考慮要素であり,それを補完する重要な要素が⑤立退料の支払いです。正当事由と立退料に関しては,多くの裁判例があるものの,個別具体的な事案ごとに判断せざるを得ず,しかも,正当事由はそう簡単に認められるものではなく,あるベテラン裁判官の言葉を借りれば,「常識が通用しにくい世界」です。
例えば,築50年以上で老朽化している建物や,耐震診断で建物の倒壊の危険性が指摘されたり,建物の傾きが指摘されたりしたとしても,賃貸借契約を終了させる正当事由が認められるためには,相当額の立退料の支払いが必要とされた裁判例が多数あります。
それどころか,こうした築50年以上の老朽化建物や耐震診断で危険性が指摘された建物の明渡しで貸主が相当額の立退料の支払いを申し出たにもかかわらず,正当事由は認められないとされ,賃貸借契約の終了が認められず貸主が敗訴した裁判例も多数あります。
ちなみに,私も,6年ほど前になりますが,築50年を超える木造の戸建住宅に30年以上住んでいる親子が貸主から明渡しを求められた事案で,借主側の代理人として裁判を闘ったことがあります。貸主側が老朽化した建物を解体して新たに自宅を建築したいといった事情を主張して立退料の申し出をしたのに対し,借主側である当方は,高齢の母親と息子が2人で暮らす今の生活を奪われる不利益を丁寧に主張した結果,裁判所は,正当事由が認められないとして,貸主側の明渡し請求を棄却する当方の勝訴判決を言い渡しました。
この他,飲食店の営業用として借りている建物の借主数人が,建物の老朽化による建て替えを希望する貸主から明渡しを求められている事案で,借主側の代理人として取り組んでいる現在進行形の事件もあります。
個別の事案において,正当事由の有無や立退料の算定など専門的知識が必要な場合も多いので,賃貸借契約の終了を巡るトラブルや明渡し問題でお困りの方はお気軽に当事務所にご相談下さい。