あなたは「労働者」? それとも「個人事業主」?
はじめにー「契約自由の原則」について
近代法の大原則として、「契約自由の原則」というものがあります。契約内容は契約当事者の合意により自由に決めることができ、国家はこれに介入しないという原則です。たとえば、ある商品をいくらで売買するかは、契約当事者がお互いの合意によって任意に決めるべきもので、それによってどちらかが損をしようが得をしようが自己責任であり、原則として法律は関知しないというものです。「これによって円滑な取引を行うことができるようになり、資本主義社会はますます発展する!!」、というオプティミズムに立つ法原理ということもできるでしょう。
労働者を保護する法律の必要性
しかしながら、現実の社会はこのような楽観論のみではとてもやっていけないことは、私たちが日々実感するところです。たとえば、社会的力関係において労働者はどうしても使用者よりも弱い立場に置かれがちであることから、労働契約においてこの「契約自由の原則」を単純に貫けば、労働者が著しく不利な条件を押し付けられることになりかねない。そこで、わが国においても、労働基準法など労働者を保護する目的の法律が複数設けられており、契約自由の原則を修正し、取引に一定の規制をかけています。これに対し新自由主義論者は、このような「規制」は企業が自由に取引を展開する上で障害となる岩盤となっているから打ち砕いていくべきだ、と声高に叫んでいます。しかしながら、労働者が人間らしく働いていけるためには、使用者の行き過ぎを規制することは不可欠のことで、「規制は全てが悪だ」という論理は全く誤った暴論です。たとえば最低賃金法を廃止してしまえば、時給を200~300円程度とする労働契約も違法ではないことになってしまいますが、そのようなことはとても耐えられない話です。
「労働者」でなければ労働者保護法制の対象にならない
いうまでもないですが、「労働者」でなければ、労働基準法などの労働者保護法制の対象とならず、その保護が受けられない。具体的には、たとえば長時間労働の規制もなく、残業割増賃金も請求できず、あるいは労災が起きても労災保険の適用が受けられない。労働契約法の適用もないため、一方的に契約を解除(解雇)されても解雇権濫用法理による救済は受けられないし、契約期間満了を理由に契約が打ち切られても雇止め無効の主張もできない。逆に言えば、使用者は、自分が使用する相手を「非労働者」としてしまえば、労働者保護法制の規制を受けずに、自分に有利な契約内容を相手に押し付けることができるし、不要となれば、いつでも契約解除ができる。また残業代も払わなくて済むし、労災の責任も負わなくて済む。
「雇用によらない働かせ方」の横行
このようなことから、今日、実態は「労働契約」であるのに、「請負」や「業務委託」等の契約形態を偽装して、労働者保護法制からの規制を潜脱しようという使用者が多数出てきています。とりわけ、最近では、いわゆるデジタルプラットフォームにおける「技術サービス」や「見込み顧客の創出」の形式を用いて実際には業務を割り当て指示する労働や、あるいは「請負」「委託」の形式を取りながらデジタルデバイスを用いて就労者を監視しつつ逐次業務を与えながら進捗を管理する労働など、新しいテクノロジーを活用した非労働者化はいっそうあからさまに、かつ巧妙に行われているといわれています。そのような中で、実態としては「労働者」として働きながら、本来受けられるべき保護を受けられず無権利状態に置かれている人々が数多く存在しているのです。これは正義に反します。
あなたは「労働者」? それとも「個人事業主」?
「労働者」かどうか、言い換えれば、その契約が「労働契約」かどうかは、当事者の主観や契約書の名称などの形式的な事情からではなく、客観的な事実及び実質的な事情に基づいて判断されます。また、画一的に判断することはできず、個別事案ごとに個別事情を精査して「労働者」性の有無が判断されなければなりません。裁判例の多くは、「指揮監督下」にあるかどうかを基準に考えているということができますが、しかし、実際には、指揮監督の程度・態様は様々であり、報酬の性格も不明確であるなどのことから、労基法9条が「労働者」の定義として規定している「使用される」及び「賃金」という2点の要件に関する、より具体的な判断基準が必要となります。
労基法上の「労働者」か否かを判断する基準
労働大臣の諮問を受けて労働基準法研究会が1985年12月19日に提出した「労働基準法の『労働者』の判断基準について」は、従来の学説、裁判例、解釈例規などを踏まえて労基法上の労働者性についての判断基準を、概略、下記の通り示しています。
ア 「使用者」性(指揮監督下の労働)
① 仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
② 業務遂行上の指揮監督の有無
③ 拘束性の有無
④ 代替性の有無
イ 「賃金」性(報酬の労務対償性)
⑤ 報酬の労務対償性
ウ 使用従属性の判断が困難な場合は次の要素も考慮する
⑥ 事業者性の有無
⑦ 専属性の程度
⑧ その他
今日、一層求められていること
この1985 年の労働基準法研究会報告は、今日でも実務上、労働者性の判断基準として参照されることが多いのですが、今日の働き方に即した労働者性の判断基準を再整理する必要があると指摘されており、また労働者性の推定規定などの効果的な法技術の採用が切実に求められています。
この点、ILO は、2006 年の雇用関係に関する 198 号勧告において、加盟国に対して雇用関係にある労働者を保護するための政策として、雇用関係が存在することについて、被用者と自営業者とを効果的に区別する指針を設けるとともに、「自営を偽装した雇用」(ディスガイズド・エンプロイメント=偽装雇用)に対する雇用関係に対処することを求めています。そして、同勧告は、加盟国に対して、「雇用関係の存在についての決定を容易にするため、この勧告に規定する国内政策の枠組みにおいて、次の可能性を考慮すべきである。」とし、「一又はそれ以上の関連する指標が存在する場合には、雇用関係が存在するという法的な推定を与えること。」等の可能性も考慮することを求めています。そのような中、諸外国においても、労働者性の判断基準について議論がされ、行政機関による積極的な履行強制や、労働者性の推定規定を含む立法の試みが進められています。これらの点においてわが国の立ち遅れは否めません。
私たちの事務所に是非相談にお越しください
実態は労働者なのに「請負」や「業務委託」などの形式を押し付けられて困っている方がおられれば、是非、私たちの法律事務所に相談にお越しください。私たちの事務所は、自営を偽装した雇用を撲滅するため、訴訟の提起も含め積極的に取り組んでいく体制で臨んでいます。