北九州市生活保護受給障害者自動車保有訴訟書籍「障がい者差別よ、さようなら!」紹介2
全国各地で闘われた障がい者の権利のための裁判事例を、担当した弁護士自らが簡明簡潔に分析報告し、今後の権利確立の取組みの指標を指し示す必読必携のケーススタディブック第2弾!
著者:障害と人権全国弁護士ネット
発行所:株式会社生活書院
定価:3000円+税
この本の中で、星野圭弁護士が二つの事例を報告していますので、ご紹介します。
北九州市生活保護受給障害者自動車保有事件
福岡地方裁判所平成21年5月29日判決(平成18年(行ウ)第25号保護停止決定処分取消等請求事件)
賃金と社会保障1499号29頁以下
Ⅰ 事件の概要
原告X1・X2夫妻は、昭和59年頃から2000年3月頃まで、夫婦で露天商の仕事をしていた。
X2(妻)は、1995年頃から骨増殖症、後縦靱帯骨化症、両変形性股関節症の症状が出始め、背中や腰の強い痛み、手足のひどいしびれなどの症状が続いていた。2000年3月には四肢麻痺のために入院し、その後リハビリを続けてわずかな回復(電動ベッドからの起き上がり、歩行器への移乗は可能)は見られたものの、基本的には車いす生活であった。X2は、肢体不自由・骨増殖症による体幹機能障害のため身体障害者手帳2級の交付を受けており、要介護3の状態にあった。
また、X1(夫)は、心臓肥大、下肢静脈瘤などの持病があったが、お金に余裕のできたときに限って断続的に通院していた。X1は、裁判中に、左下肢機能障害のため身体障害者手帳4級の交付を受けた。
本件は、2000年11月7日から生活保護を受けていた原告X1・X2の夫妻が、保護の決定及び実施に関する事務を行なう北九州市門司福祉事務所長から、2004年6月14日付でX1が所有する自動車を処分するよう文書による指示を受けたものの、X2の通院の必要性を理由にこれを拒否したところ、自動車の所有を禁止する指示に違反したとして、2004年8月19日付で保護の停止処分を受けたことについて、その処分が違憲、違法であるとしてその取消しなどを求めた事案である。
Ⅱ 判決の要旨
本件では、厚生省社会局保護課長通知(昭和38年4月1日社保第34号。以下「本件課長通知」という。)で規定された要件の一つである「当該者の障害の状況により利用し得る公共交通機関が全くないか又は公共交通機関を利用することが著しく困難であり、自動車による以外に通院等を行うことがきわめて困難であることが明らかに認められること」にあたるか否かが主要な争点となった。
裁判所は、原告らの生活状況を、病気、障害の状況などを詳細に事実認定し、本件課長通知の要件について次のように判断して、保護停止決定処分を取り消した。
「前記認定事実によれば、原告X2は、保護開始前である平成12年3月A病院に入院し、退院してからも、治療、リハビリ、治験のため同病院に通院するなどし、 本件指示当時は、週1回の通院をしていたこと、同病院は、原告ら方から片道約15キロメートルのところに位置していること、同原告は、骨増殖症、後縦靱帯骨化症等の病気を患い、肢体不自由のため障害者等級2級であり、歩行は転倒の危険が高く介助が必要であり、転倒した場合に自力で起きあがるのは不可能であり、基本的に車いすで生活していることに加え、原告ら方付近は坂道であり、原告ら方から最寄りと思われるバス停まで 400メートル前後近くあることなどの事情が認められ、これらを総合すれば、本件指示及び本件処分当時、原告X2がA病院に通院するに際し、タクシー及び公共交通機関を利用することが著しく困難であったことは明らかであって、本件自動車による以外に通院等を行うことが極めて困難であることが明らかに認められたというべきである。」
「被告は、原告X2の通院は治療ではなく、リハビリ目的であり、リハビリはA病院ではなくB病院や自宅でも可能であり、同病院へも介護タクシー等による通院が可能であるから、公共交通機関による通院が著しく困難であるとはいえない等と主張する。しかしながら、本件課長通知に定める『通院』は、障害者が現に行っている通院と解するのが、同通知の文理に沿うものであり、被告がいうように、他の病院への転院等の可否をも考慮しなければならないとの要件をも規定していると解するべきではないと考えられる。」
「また、通院は、その目的が積極的治療であるか、機能維持のためのリハビリテーションであるかを問わず、医療上必要があれば行わなければならないものであり、本件課長通知にいう『通院』にリハビリ目的を含まないと解するべき根拠もない。」
さらに、医療行為は、人の生命身体に関わる重要なものであるから、本来、患者は、どの病院において、どのような治療、リハビリ等の医療行為を受けるかについて、自ら選択し決定する権利を有するというべきであり、また、その実施に当たっては、医師と患者との信頼関係が極めて重要であることも多言を要しないところである。これらのことは当該患者が被保護者である場合においても基本的に異なるものではないというべきである。」「その者が通院を希望する病院が同人の住居から最寄りの病院ではなかったとしても、それが合理的といえる距離の範囲内に存在し、かつ、当該病院への通院の希望が合理的な理由に基づくものであれば、当該希望は保護を実施する上で尊重されなければならないと解するべきである。」
Ⅲ コメント
1 はじめに
生活保護の運用上、自動車の保有は例外的に認められているにすぎない。そのため、一般に、生活保護受給者については自動車の保有がいっさい認められていないと誤解している者は少なくない。特に、障害(児)者を扶養している低所得世帯において、自動車を処分したくないという思いから、生活保護の受給を諦めている者もいるのではなかろうか。
しかし、障害(児)者ないしその家族にとって、通院やリハビリ等の移動のための自動車は、日常生活を維持する上で必要不可欠のものである。本件課長通知も、障害(児)者の生活実態を踏まえて、障害(児)者のいる世帯に関して、自動車の保有を広く認めている。
2 生活保護における障害(児)者の自動車保有
本件課長通知第3の問答12によれば、障害(児)者が通院等のために自動車を必要とする場合であって、次のいずれにも該当する場合には、自動車の保有が認められている。なお、以下のいずれかの要件に該当しない場合であっても、その保有を認めることが真に必要であるとする特段の事情があるときは、その保有の容認につき厚生労働大臣に情報提供することとされている。
① 障害(児)者の通院等のために定期的に自動車が利用されることが明らかな場合であること。
② 当該者の障害の状況により利用し得る公共交通機関が全くないか又は公共交通機関を利用することが著しく困難であり、自動車による以外に通院等を行うことがきわめて困難であることが明らかに認められること。
③ 自動車の処分価値が小さく、又は構造上身体障害者用に改造してあるものであって、通院等に必要最小限のもの(排気量がおおむね2,000cc以下)であること。
④ 自動車の維持に要する費用(ガソリン代を除く。)が他からの援助(維持費に充てることを特定したものに限る。)、他施策の活用等により、確実にまかわなわれる見通しがあること。
⑤ 障害者自身が運転する場合又は専ら障害(児)者の通院等のために生計同一者若しくは常時介護者が運転する場合であること。
3 本判決の意義
福祉事務所が自動車の保有を認めない理由として利用しやすい要件②の解釈について、行政裁量に一定の歯止めをかけた。リハビリも認めて言う
本件では、本件課長通知のうち上記②と④の要件が争点となった。判決は、④自動車の維持費について、障害者加算によってまかなうことができるとしており、この点でも妥当なものである。
以 上