労働時間の客観的把握義務について
弁護士:梶原 恒夫
労働時間の客観的把握の重要性
昨年(2018年)6月27日,通常国会において「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(以下「働き方改革法」といいます。)が成立しました。これにより,「労働基準法」,「労働安全衛生法」,「労働契約法」,「パート労働法」,「労働者派遣法」等において,多くの条文の新設や改正などがなされました。
この内,労働基準法に「労働時間の上限規制」が新たに設けられたことは広く報道されているところであり,この労働時間の上限規制は今年(2019年)4月1日から既に施行されています(但し,中小企業は2020年4月1日から施行)。
ただ,労働時間を規制する法律が作られただけでは,長時間労働は決してなくなりません。いくら労働時間の上限規制がなされても,肝心の労働時間の適正な把握がサボタージュされるならば,労働時間規制は絵に描いた餅になります。実態とかけ離れた嘘の労働時間数がその労働者の労働時間とされるならば,長時間労働の実態は覆い隠され,闇に葬られることになるからです。
実際,たとえば私たち弁護士が依頼を受けて過労死の労災請求や損害賠償請求を行う上においても,あるいは残業代請求をする上でも,実態よりも短い時間が記載された「偽物の労働時間の資料」の存在が極めて大きな障害になることは日常茶飯事であり,労働者・遺族は,実際の労働時間の立証に大変な苦労を余儀なくされています。
したがって,労働時間の適正把握は,長時間労働問題の解決を図る上で絶対に欠かすことができない大前提です。
使用者に課された実労働時間の把握義務の明文化
もともと,今回の法改正以前から,労働基準法上,使用者は賃金台帳を作って労働時間数などを記入することが義務付けられていましたので,使用者には労働時間を適正に把握する義務があると「解釈」されてきました。しかし,この義務を明文で規定する条文はありませんでしたから,多くの使用者がこの義務を放置してきました。
このような中,今回の法改正で,労働時間の客観的把握義務が「法律上明記」されました。具体的には,労働安全衛生法66条の8の3により,厚生労働省令で定める方法により労働者の労働時間の状況を把握することが使用者の義務として明記されました。この労働時間把握義務の対象となるのは,全ての労働者です(ただし,高度プロフェッショナル制度適用労働者は除かれます。)
この制度は,全ての企業を対象に本年4月1日から施行されています。具体的な時間把握の方法については,「タイムカードによる記録,パーソナルコンピューター等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法」によるとされており(労安則52条の7の3),労働者による労働時間の自己申告制度は極めて例外的な場合とされています。
労働時間の客観的把握義務を徹底して長時間労働の解消へ
今回の改正によっても,この義務への違反に対する罰則までは規定されていませんが,労働時間の把握義務が条文上明記された意義はとても大きいと思います。今後,使用者が労働時間の客観的把握義務を怠れば,明らかに違法であり,これを法律上問題にすることができるからです。
今後この条文を基に,使用者の労働時間把握義務の徹底を求めていき,長時間労働の解消へとつなげていくことが重要な取り組みとなると思います。