暮らしの法律講座第3回
「パワハラ・セクハラへの対応」
弁護士:星野 圭
5 使用者にはセクハラを防止する義務がある!~当たり前のこと
(1) 男女雇用機会均等法・指針において事業主に義務づけられている措置
- 事業主の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に対してその方針を周知・啓発すること
- 相談窓口の設置など相談、苦情に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備すること
- 相談があった場合、事実関係を迅速かつ正確に確認し、当事者に対する適正な措置、再発防止措置を実施すること
- 相談者や行為者等のプライバシーを保護し、相談したことや事実関係の確認に協力したこと等を理由として不利益な取扱いを行なってはならない旨を定め、労働者に周知・啓発すること・使用者による対応策が講じられたか否かは、使用者の不法行為責任・使用者責任の有無、または職場環境配慮義務違反の有無を判断するための重要な要素となりうる。
(下関セクハラ事件・広島高裁判決H16.9.2)
(2)セクハラの判断基準
「ハラスメント行為の違法性は、被害者の主観的な感情を基準に判断されるものではなく、両当事者の職務上の地位・関係、行為の場所・時間・態様、被害者の対応等の諸般の事情を考慮して、行為が社会通念上許容される限度を超え、あるいは社会的相当性を超えると判断されるときに不法行為が成立する」
(金沢セクハラ事件・名古屋高裁金沢支部判決H8.10.30)
(3)抵抗・逃亡していないとダメ?そんなことはない!
セクハラ被害者は、勤務を継続したいとか、セクハラ行為者からの被害をできるだけ軽くしたいとの心理などから、やむを得ず行為者に迎合するようなメール等を送ることや、行為者の誘いを受け入れることがあるが、これらの事実がセクハラを受けたことを単純に否定する理由にはならない。
セクハラ被害者は、相談行動をすぐに取らなかったり、医療機関でもすぐに話せないことがあるが、そのことで心理的負荷が弱いと判断する理由にはならない。
(厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」)
横浜セクハラ事件
(東京高裁判決H9.11.20)
「 米国における強姦被害者の対処行動に関する研究によれば、強姦の脅迫を受け、又は強姦される時点において、逃げたり、声を上げることによって強姦を防ごうとする直接的な行動(身体的抵抗)をとる者は被害者のうちの一部であり、身体的又は心理的麻痺状態に陥る者、どうすれば安全に逃げられるか又は加害者をどうやって落ち着かせようかという選択可能な対応方法について考えを巡らす(認識的判断)にとどまる者、その状況から逃れるために加害者と会話を続けようとしたり、加害者の気持ちを変えるための説得をしよう(言語的戦略)とする者があると言われ、逃げたり声を上げたりすることが一般的な対応であるとは限らないと言われていること、したがって、強姦のような重大な性的自由の侵害の被害者であっても、すべての者が逃げ出そう としたり悲鳴を上げるという態様の身体的抵抗をするとは限らないこと、強制わいせつ行為の被害者についても程度の差はあれ同様に考えることかできること、 特に、職場における性的自由の侵害行為の場合には、職場での上下関係(上司と部下の関係)による抑圧や、同僚との友好的関係を保つための抑圧が働き、これが、被害者が必ずしも身体的抵抗という手段を採らない要因として働くことが認められる。したがって、本件において、控訴人が事務所外へ逃げたり、悲鳴を上げて助けを求めなかったからといって、直ちに本件控訴人供述の内容が不自然であると断定することはできない。」
福岡セクハラ事件
(福岡地裁判決H4.4.16)
雑誌社に勤務する原告Xの上司Yは、Xが業務能力をあらわし、取引先からも声がかかるようになった頃から、Xを一方的にライバル視し、会社内外の関係者にXの男女関係の悪評を述べるようになった。Yは、その後も、2年ほどの間、会社内外の関係者や新入社員などに対して、Xに関して、虚偽の悪評を述べ続けた。Xに関するうわさ(Yが流したもの)が広まった後、Yは、Xに対し、退職を求めるに至り、アルバイトなどにも環境が悪いと指摘されるほど両者間の対立は激化した。
会社は、YからもXからも報告を受けており、両者間の確執の存在を認識し、これが職場環境に悪影響を及ぼしていることを熟知しながら、話合いを支持するだけであった。最終的に、会社は、いずれか一方を退職させる方針として、Xに対し「Xが有能であることは分かっているが、男を立てることもしなければならない。」と述べて退職を迫り、結局、Xは退職に追い込まれた。
→ 裁判所:慰謝料150万円を認容。
6 ハラスメントを止めさせたい!~ハラスメントの予防・解決に向けて
- 労働組合の活用を!
職場環境の改善のための継続的な監視・取り組み、被害者の雇用継続のためのフォロー、証拠の収集などについては、労働組合が力を発揮できる。
- 労働局・労働基準監督署などでの「総合労働相談」
- 都道府県労働局長による「助言・指導」-「いじめ・嫌がらせ」1735件(15.6%)
- メリット:1か月以内処理。デメリット:実効性、強制力弱い。
- 労働局長が紛争調整委員会に委任して行う「あっせん」
- 合意成立率37.5%、一方不参加39.3%。
- メリット:2か月以内処理93.8%。デメリット:参加が任意、解決率・解決水準が低い(20~60万円前後が多い印象)。
- 紛争調整員会とは、弁護士、大学教授等の労働問題の専門家である学識経験者によりあっせんを行うために組織された委員会。都道府県労働局ごとに設置。
- 男女雇用機会均等法上の制度(セクハラ、性差別待遇など)
- 都道府県労働局長(雇用均等室)による「助言・指導・勧告」(17条)
- 紛争調整委員会による「調停」(18~27条)
- 厚生労働大臣による「助言・指導・勧告」(29条)
- 企業名公表(30条)
- 暴行・傷害・強制わいせつ・強姦などに対する「刑事告訴」
- 裁判所の「民事調停」
- 弁護士会の紛争解決センターによる「あっせん」「仲裁」
- 弁護士による代理行為(交渉、調停、訴訟)
※どのような選択肢があるか、どのような手段が最適か、どのような解決が見込まれるかなどについては、弁護士に相談を。
7 労災になるの? 会社にも慰謝料を請求できるの?
(1)労働災害
ひどい嫌がらせやいじめ、暴行を受けたこと、またはセクハラ行為による強度の心理的負荷が原因で精神障害等(うつ病など)の発病に至った場合、業務上の災害として、労災保険給付の支給対象になります。
行為の内容、程度、継続の状況、会社の対応、その後の業務への支障等を考慮して判断される。
【例えば】
- 部下に対する言動が業務指導の範囲を逸脱し、人格や人間性を否定する場合
- 嫌がらせが執拗に繰り返される場合
- 多人数が結託して人格や人間性を否定するような言動を繰り返した場合など
(2)労災におけるセクハラ
- セクハラは原則として業務に関連する出来事して労災認定の対象となる。
- 被害が極端に大きい場合は当然、そうでなくても被害発生後の職場の対応が不適切などの場合は認定の対象とすべきである。
(厚生労働省H17.12.1「セクシュアル・ハラスメントによる精神障害等の業務上外の認定について」) - セクハラを受けたという出来事の平均的な心理的負荷の強度をⅡとし、胸や腰等への身体接触を含むセクハラが継続して行われた場合等には心理的負荷の総合評価を「強」と判断する。
(厚生労働省H23.12.26「心理的負荷による精神障害の認定基準」)
(3)損害賠償請求(民法415条、709条、715条、会社法350条、一般法人法78条)
- 労働契約上の義務違反(職場環境配慮義務の不履行)
- 人格権の侵害
- セクハラ行為者
- 会社(業務関連性が必要)
- 主な損害:積極損害(医療費、カウンセリング費、転居費用等)、慰謝料、逸失利益(休業、退職に伴う給与喪失)、弁護士費用など
(4)差し止め請求-人格権侵害、緊急性
- 権利侵害行為や強要をやめさせる。
8 証拠をどう集めるか!これが重要!
- 記録化-記憶が新しいうちにメモを作る。具体的な状況を詳しく。被害にあった当日に、自分や第三者宛てにEメールを送信すると、日付も含めて証拠になりうる。
- 写真
- ビデオ録画
- 音声録音-秘密録音でも可。
- 診断書
- 協力者の陳述書
- 携帯電話、パソコンのメールデータ
9 何を求めてたたかうか
- 本当に求めたいのは何か。
- 解決基準をどのように設定するか。
- 気持の実現に合わせて、たたかう方法を検討する。
- どの段階でご相談いただいても大丈夫です。どういう手段が適しているのかも含めて、その後の対応をご相談いただけます。当事務所にご相談いただき、よりよい解決を目指しましょう。
- 労働者の権利を労働者自身において守るため、選挙の投票に行きましょう。
以 上
- 【参考文献】
- 日本労働弁護団「労働相談実践マニュアルVer.6」
- 川人博・平本紋子著「過労死・過労自殺労災認定マニュアル」
- 厚生労働省・職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議H24.3.15
「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」 - その他、厚生労働省のパワハラ、セクハラに関する各種の公表資料・通知(指針)
- 関連記事:
- 法律相談Q&A「セクハラ・パワハラ」